+++お題40:苦しみ+++








ぽたぽた――――と。

暗闇の中で液体の滴り落ちる音がして。

ぴちゃん――――と。

暗闇の中で液体の滴り落ちる音が響いて。

はぁ、はぁ―――と。

微かに聞こえてくる、何かの…いや、誰かの苦しそうな呼吸。
荒い息遣いが暗闇の向こうから聞こえてきた。

訝しげに眉を寄せて、じっと暗闇の向こうにある何かを見ようとして。
瞳を細めたり、開いたり。

力の出ない身体が、重くだるくて。
うつ伏せのまま上半身だけ持ち上げて、その身体を支えていた手の指先に、何かが掠める。
じわりじわりと広がってきて、指先を浸した液体に、何かと目をうつせば…。
ぬるりとした、水ではない液体。

どす黒い紅。

鼻に感じる独特の…嫌な匂い。

そこではっと気がついて。

「うわああああっ…!!」

がばりと起き上がれば、そこには―――――。

さっきまで真っ暗で何も見えなかった暗闇の向こうで、金色の髪だけがぼうっと光っていた。
流れるような金色のその髪に、絡みついた紅。

そこから流れてくるどろりとした紅い液体に、胸の奥から吐き気が込み上げてきて……。





「スタンさんっっっ…!!!!」





ロニはがばりと起き上がった。















まだムカムカする…。
朝からケダルイ身体に水を浴びながら、ロニは唇を噛み締めた。

嫌な夢。

嫌な――――夢か?

否。

現実だった。

あれは確かに現実なのだ。

数ヶ月前の―――忘れられない現実。

自分のせいで、スタンは殺された。
自分の目の前で。
自分と、彼の妻と、息子の前で。

今でも脳裏にはっきりと残っている、あの光景。
尋常じゃない出血の量に、幼い自分でもわかった。
スタンが、『死ぬ』ということ。
綺麗な金髪が、血に染まって。
健康的だった肌が、土気色に変わって。
唇が――――。

ばしゃっ!!

ぎゅっと瞳を瞑ると、再び頭から水をかぶる。
カランっと桶を投げ捨てて、ロニはその場に座りこんだ。
井戸の端に手をのせたまま、座りこんで唇を噛み締める。

「クソっ…!!」

がんっ!!と音が響く。
ロニは痛む拳に構いもせずに、何度も桶に拳を当てて。
ついにはばきっと大きく音が響いて、桶がバラバラに壊れてしまった。
そんな桶に見向きもせずに、ロニはドンドンと地面を叩く。

「クソっ…!クソっ…!!」

無力な自分。
大きく目を見開いたカイル。
泣き崩れるルーティーさん。

振り向いた男の、蒼い髪が風に靡いた。

「くそっ……。」

ずっと鼻を啜って、唇を噛み締めて。
いいようのない、後悔と、悔しさと、怒りと、悲しみ。
苦しく締め付ける胸に、自分の腕を抱きしめる。

ぎゅっと爪をたてて、自分の腕をかきむしって。

ぴりぴりと腕に走る痛みにも、全然構いもせずに。

「ちくしょ…!!」

「ろに!!」

とてとてと聞こえてくる足音に、ロニははっと我に返った。
溢れ出る涙を慌てて手の甲で拭えば、

「つぅっ…!」

血の滲んだ甲が涙にしみて。
桶の木の棘と、泥にまみれた手の甲に苦笑する。

「ろにっ!何やってるの!?」

とてとてと音がして、カイルが近付いてくる。
父親譲りの金色の髪を踊らせて、父親譲りの空色の瞳を心配そうに揺らして。

「ろに?」

ひょこんっと、影がロニにかかる。
ロニは苦笑すると、へへっと笑って顔をあげた。

「ろに、血が出てるよ!?」

驚いたカイルの顔が真っ青になる。
ロニはははっと笑うと、カイルの頭にぽんっと手をおいた。

「大丈夫だよ。こんなの…。」

自分の傷でもないのに痛そうに顔を歪めるカイルの瞳に、涙が滲み始める。
ロニは困ったように笑うと、立ち上がり井戸の水を汲み上げた。
ぱしゃんっと綺麗な水で手の甲を荒い流して、木の破片も泥も荒い流して、ふるふると手を振ってカイルに笑いかける。

「な?ホラ、平気だ。」
「でも、ろに!」
「大丈夫だから、お前がそんな顔すんなって。」

カイルは少し悩むような顔をした後、がっしりとロニの手をとる。
そして自分の顔をゆっくりと近付けた。

「お、おい、カイル!?」

ぺろりと小さな舌で舐めて、ロニの手の甲に唇と舌を押し当てて。
その擽ったさに、ロニは頬を僅かに染める。

「これでもうだいじょうぶ!」

少しの間舐めていた後、カイルはにぱっといつものように笑って。
そんなカイルの満面の笑みに、ロニは困ったように笑うことしか出来なかった。

本当のコトを知っても、カイルはこうして自分をしたってくれるのだろうか?

こうやって満面の笑みで近寄ってきてくれるのだろうか?

「あ、ろに、腕も血が…。」
「お?あ、あぁ…本当だ。」

ひょいっと腕の傷を見て、はじめてさっき自分がつけたのだとわかる。
突然痛みを感じ始めた腕に、ロニはどうしようかと回りを見渡したときだった。

「これ…。」

ひょいっとカイルがズボンのポケットからバンダナを取り出す。
その蒼いバンダナに、ロニは瞳を見開いた。

「ちょっと座って!ろに〜!」
「………。」

言われるままに座りこんで、ロニは唇を噛み締める。
ぎゅっと噛み締めた唇から血が滲んで、痛みに………いや。
脳裏に浮んだ、狂った瞳と蒼い髪を靡かせる男を思い出して…その苦しみに、込み上げてくる感情の波。

ぎゅっと傷口をバンダナで結わいて、カイルはにぱっと笑った。

「はい!できたよ!」

嬉しそうに笑ったカイルにロニは笑いかける。
蒼いバンダナが、風にゆらりと靡いて。
記憶の片隅から、あの男の気色悪い声と、唇と、瞳を思いださせる。

「さんきゅ…。」
「ろに?」
「ありがとな…カイル。」
「ろに?どしたの?」
「ん?」

笑いかけたロニの瞳から、涙が一滴零れ落ちて。
カイルはきょとんっと瞳を瞬いた。
驚いてカイルはしぱしぱと瞳を瞬かせる。
だってロニの涙なんて、今まで見たコトなかった。
いつも元気で明るくて、頼りになる兄の初めて見せた涙に、カイルは驚いてどうしていいのかわからなかった。

「カイル…痛ェよ……。」

困惑しているカイルを、ロニはその腕の中に抱き寄せる。
小さなカイルの身体は簡単にロニの腕の中にすっぽりと収まって。

「ろに?痛いの?」
「………。」

小さなカイルを、ロニはぎゅっと握り締める。
腕の中で心配そうに手を上げたり、降ろしたり。
どうしていいのかわからなくて困ってるカイルが、どうしようもなく愛しくて。

「ろに?だいじょうぶ??」
「あぁ…ちょっと痛くてな…大丈夫だよ…。」
「ろに…。」

ぎゅっと腕に力を込めて、柔らかく小さなカイルの身体に涙がこらえ切れない瞳を押しつけて。
ロニはただただ声を殺して涙した。

ぽたぽたと落ちた涙が、地面に染みをつくる。

「いたいのいたいのとんでけ〜…って、どう?ろに?」

すりすりとバンダナに小さな手を擦り寄せて、心配そうに問いかけてくるカイルに、今は少しだけ、甘えさせてもらおうかと――――。

「うん。もう…痛くないけど…少しだけ。こうやってたい。」
「…母さん、呼んでくる?」
「お前がいればいい。」
「ろに…?」

小さな身体を抱きしめる腕に、力を込めた。





何も言わずに書き逃げします…
































SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送